単なる椿事に終わらせないために

 29歳の日本人女性が、観光船から河に飛び込み、泳いで北朝鮮に渡って亡命申請をしていた、という報道があった。

○ 邦人女性、北朝鮮に亡命申請=8月、中国から川泳ぎ渡る
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20031028-00000541-jij-pol

 報道によれば、女性はオウム真理教(現アーレフ)の元信者だったという。そのこともあってか、興味本位の報道姿勢が目立ったように感じた。

 しかし、この事件には、考えるべき事柄が幾つも含まれている。先ず、女性がアーレフを脱会した理由が、公安調査庁にスパイを強要されていて、それを止めるために脱会する、とあったことだ。公安調査庁はこの件について、コメントできないとしているが、ジャーナリズムは、このスパイ強要が事実だったのかどうか、実態を究明すべきだ。救援連絡センターが発行している『救援ノート』の22ページには次のような記述がある。

 警察によるスパイ強要と並んで忘れてはならないのが、法務省に属する公安調査庁によるスパイ強要です。破壊活動防止法(破防法)にもとづいて団体の調査活動を行なっているのが公安調査庁です。最近では、公安調査庁の調査対象は政治団体のみならず、労働団体、市民団体、住民団体などかなり広範囲に対象を広げています。「法務省の者です」と名乗ってきたり、個人の自宅や職場を訪ねてきて接触を図ろうとします。

 その個人の意思や信念に反してスパイ活動を強要するなどは、人権侵害の最たるものであり、決して許されるべきではない。しかしわたしが見た範囲の報道で、公安調査庁のスパイ強要にこだわり、それを批判的に究明しようとしていたものは無かった。

 次に、この女性の突発的とも見える行動の裏には、深い絶望があるのではないか、ということだ。何に対する絶望かといえば、国家を変えること、社会変革への絶望だ。オウム真理教は、最盛時には1万人以上の信者がいて、しかしそれでもなお、国家権力の前では無力だった。彼・彼女らにやれたことは、テロ行為で無辜の市民多数を殺傷することだけであり、日本という国家に対抗することではなかった。女性の亡命の理由として、「資本主義的奴隷」になりたくないという理由が挙げられていたが、「資本主義的奴隷」にならないことを求めて、日本に留まるかぎりそれは不可能と絶望した結果が、あの唐突で人を驚かすような亡命申請ではなかっただろうか。

 日本の左翼が国家と資本に対抗する説得的なオルタナティヴを大衆的に明示し得ていないことが、単なる椿事のように捉えられてしまいそうなこの事件の背景にある。公安調査庁などの国家権力による不当な人権侵害を問題にしなければならないことは勿論だ。だが根本的には、資本と国家に対抗するとはどういうことか──あの女性が正当にも問うたように、「資本主義的奴隷」にならずに生きる道はあるのかという問いに、左翼の側が説得力あるヴィジョンをもって答えることこそが必要である。


補足(2003/11/07)

 元公安で、いまは公安を告発する側に回っている、ある意味「内部告発者」といえる野田敬生さんという方がいる。野田さんはホームページをもっていて、メールマガジンを発行しているので、ここで紹介しておく。メールマガジンで、この事件のことにも詳細に触れている。

○ 公安情報ESPIO
http://homepage3.nifty.com/argus/

○ 公安調査庁スパイ工作集
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/shakai/top/46-8.htm

○ メールマガジン
http://www.emaga.com/bn/bn.cgi?xp010617

メールマガジンでこの事件にふれている号を紹介する。
http://www.emaga.com/bn/?2003110010863820023536.xp010617
http://www.emaga.com/bn/?2003110017127770011120.xp010617

 なお社会民主党は「社民党の政策 8つの約束」において、公安調査庁の廃止を政策として掲げている。

○ 社民党の政策 8つの約束
http://www5.sdp.or.jp/central/topics/03sousenkyo/y8.html

「(3)公安調査庁を廃止します
 これまでの法務行政を徹底的に見直し、その存在が時代にそぐわなくなっている公安調査庁を廃止します。」


攝津正
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