農の21世紀システム:5.リービッヒとマルクス

 1)マルクスと同時代、1800年代中葉に生きたドイツの農学者リービッヒは、文明史的視点から資本主義農業一収奪農業にたいする批判を展開した。従来の有機農業にたいして、彼はそれが自給自足農業である限り間題はないが、しかし商品作物を作る前提にたてば、地力を劣化させ、従って土壌成分の補足が必要であり、人造肥料がそれを可能にすると主張した。植物は有機質でなく無機質を吸収するのであるから、無機質の人造肥料こそ適切であり、そこから人糞からの解放・輪作廃止・作付の自由化・配合肥料使用という「農業の完全な革命」を行なうことによって、人口増加に対応することが可能であるとした。「収奪によって土地から取り去られた植物栄養素の完全な補充が農業の原則」というのがリービッヒの基本的な考えであった。その考えの背景には、すでにイギリスで最も進んでいた資本制農業一略奪農業への批判があった。イギリスでは資本制農業が行われており、農産物は商品化されていて、作物は土に返さず都会の下水道から海へ喪失させ、家畜の糞尿は垂れ流しにされることによって有機物を損失させ、その代わりに、グアノや過リン酸石灰を海外から輸入することでミネラルを補充したが、同時に、農産物の国外への輸出によって、ミネラルのイギリス土壌への還流を喪失させていた。リービッヒは有機物の下水道、河川、海への流失を批判し、それらの農地への還流を主張したのである。リービッヒは今日の化学肥料型農業の元祖でもあるが、同時に循環型農業を理論的に展開した元祖でもあった。

 2)『資本論』の草案を大部分書き上げた1864-65年頃、マルクスはリービッヒの見解に共鳴し、リービッヒ近代農業批判の一般理論の経済学的意義を全般的に提起した。」(福冨正実『経済学と自然哲学』世界書院) そのポイントは、「人類世代の永続的諸条件の確保」としての大地、「人間と土地との間の物質代謝の高次な形における再建」、「都市と農村との対立の克服」であり、農業の永続性、工業に対する利点、未来性を暗示した。つまり人間の文明史的視点から大工業が資本主義文明を崩壊に導かざるえないことを洞察していた。マルクスは『資本論』の中で次のように主張する。大工業が科学的意識的技術の応用によって、旧社会の保塁一農民を滅ぼし、彼らを賃労働者に変えるという革命的作用をはたすと同時に、都市へ人口を集中し、社会の革命的変革要素であるプロレタリアートを集積するという革命的な歴史的意味を把握(『資本論』一機械と大工業)した上で、しかし、一方で確立した大工業は、人間労働・人間の自然力を荒廃破滅させ、他方で、大農業は土地の自然力を荒廃破滅させ、後に両者が握手する(同一資本制的地代の発生史)ことになるが、資本主義的農業の進歩とは、農業労働者から略奪する技術の進歩にすぎず、土地から略奪する技術における進歩にすぎない、従って、ある与えられた期間の間、土地の豊穣度を高めるためのあらゆる進歩は、実は、土地の豊穣度の持続的源泉を滅ぼすための進歩にすぎないと規定した上で、大地は「永遠の共有財産」であり「人類各世代の実存の再生産のための不可欠」の基盤である、しかし現実には地力の搾取と浪費をしている。その理由は「自然に対してはじめから所有者として対し、自然を人間の所有物として取り扱うブルジョア的自然把握」にあるとマルクスはとらえる。自然を人間の所有物だとするブルジョア的自然観に基づいた資本制的生産が、実は文明の自然的基盤そのものを破壊しているとマルクスは告発する。従って彼は「より高度な経済社会構成体の立場からみれば、地球に対する個々人の私有はちょうど一人の人間のもう一人の人間に対する私有のように馬鹿げたものとして現われるであろう。一つの社会全体でさえも、一つの国でさえも、じつにすべての同時代の社会を一」緒にしたものでさえも、土地の所有者ではないのである、それらはただ土地の占有者であり土地の用益者であるだけであって、それらはよき家父として土地を改良して、次の世代に伝えなければならない」(『資本論』VOL1,4編、13章10節「大工業と農業」)というように所有様式に関する人間社会の自然との調和への接近方法を提示する。

 3)さらにマルクスは、工業と農業との相違からも、人間社会の自然との調和への接近方法を暗示する。大工業においては「機械などに投下された固定資本はその使用によってよくはならないで、かえって消耗する。新たな発明によって、この場合にも個々の改良を施すことは出来るが、しかし生産力の発展を与えられたものとして前提すれば機械はただ悪くなるばかりである。」(同)それに対して農業においては、「土地は正しく取り扱えば絶えずよくなっていく。以前の投資の利益が失われることなしに、次々に行なわれる投資が利益をもたらすことが出来るという土地の長所は、逐次的諸投資の間に収益の差が生ずる可能性を含んでいる。」(同)ここではマルクスは工業に対する農業の優位性を指摘している点が注目される。文明史的視点からみれば、近代大工業の進歩は文明の基盤である人間力能と自然とを疲弊させることを結果しており、一方、農業は文明の基盤をより確かなものにしうる土台を提供しうる。協同の価値を掲げた生産協同組合、消費協同組合、ワーカーズ・コレクティブ、農事組合、NPO、地域通貨などの非資本制的アソシエーションをベースに、農業のみならず工業やサービス業の領域で創造的事業を起こすことによって、人々は意識しようとしまいと社会革命の条件を準備し始めている。商品、貨幣、資本の循環を基盤に成立している「成熟した」今日の資本制社会が、それらのアソシエーションを登場させる諸条件を成熟させている。


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田中正治
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