知的所有権と多国籍企業:B)ガット・ウルグアイラウンドとWTO

 1)1993年12月、実質的合意になったGATT−ウルグアイラウンド(UR多角的貿易交渉)は、従来のモノ(製品)分野に加え、農業、銀行、情報等サービス、貿易、投資、知的所有権、労働等15分野が対象とされた。更に実質的拘束力を持つWTO設立を決定した。

 2)ウルグアイラウンド合意に調印してWTOに加盟すると、その国はWTOのル一ルに従う義務を負うことになり、多くの分野で国内法や政策を変更しなければならない。もしWTOのルールに従わなければ、その国は提訴されたり、貿易制裁処置(処罰、報復)をうける恐れがある。WTOはいくつかの国際協定の束であるから、加盟国はそれらの協定を一括受託しなければならない。
 WTOの協定が執行されれば、各国はWTOのルールに反する貿易、投資、サービス、農業、知的所有権等の経済政策を立案することは困難になる。

 3)1986年、GATTウルグアイラウンドが開始された時、第三世界諸国の多くはGATTの権限を投資、サービス、農業、知的所有権など、新分野に拡大する先進工業国の意図に激しく抵抗した。工業国が得意の新分野で第三世界の新市場開拓をするために自由化を促進しようとしたからである。

 4)先進工業国が、ウルグアイラウンドにTRIP(貿易関連知的所有権)を通そうとした理由は、独占による高価格や特許権使用料、技術製品の販売によって工業国の企業が利潤を確保出来るようにすること、更に南の途上国の潜在的ライバルの技術発展を阻止する壁をつくっておくためである。
   ウルグアイラウンドで最も利益を得たのは多国籍企業であった。自由貿易とは実際には多国籍企業が世界で貿易したり、投資しうる自由であり、資本の権カ拡大の自由を意味した。

 5)TRIP(貿易関知的所有権)協定とは、微生物やDNA、組み換え物質など生物に特許権を設立する可能性を容易にし、バイオ産業への投資、研究開発のバックグラウンドを整備したのである。

 6)先進工業国、特に米国とEUが、国際舞台で成立を推進した重点政策にMAI(多国間投資協定)がある。WTOでEUが提起したMAIに関する協定には次のような義務が定義されていた。

  1. 外国投資の自由化(国内企業と同等の参入、会社設立の権利を与えられる)
  2. 外国投資家に対する「内国民待遇」(外国企業は現地企業と同等の不動産への所有権、政府補助、助成金、契約等を受ける権利が与えられる)
  3. 外国投資家にとって有利なために「追随措置」をこうじる。(全利益を本国に送還する権利、現地企業に有利な現行法の改正)

 7)MAI協定が成立したなら、WTOは単なる貿易機関ではなく・世界規模での投資を規制する強力な機能を持つ機関になり、投資政策や報酬が拡大適用されることを意味した。
 経済の主権や所有形態、現地企業や農家の生存、雇用や社会文化的生活に直接大きな影響を及ぼすことになる。新植民地政策の現在版ともいえよう。

 8)農業分野では、MAIは外国資本の農地直接所有に道を開くことになっていただろう。
 1999年、日本の農業基本法改定の核である株式会社による農地所有や種苗法改定の核である知的所有権などは、MAIが成立していたら、外国企業による直接土地所有権を容易にしていたであろう。

 9)多国籍企業が地球環境破壊の最大の要因であることは疑いえない。それは次のような点から言えよう。

  1. 産業分野の温室効果ガスの半分以上の排出。
  2. オゾン層を破壊するフロンガス等の独占的生産と支配。
  3. 鉱物分野での主要部門の支配。
  4. 世界の輸出穀物生産用農地の80%支配。
  5. 20企業が全世界の農薬売上の90%支配。
  6. 世界の塩素の大部分を製造。塩素はPCB、DDT、ダイオキシンなど有害物質の原材料。
  7. 天然資源や一次産品の貿易を支配。資源の採取や開発を独占している。
  8. 森林、水、海洋資源の枯渇や劣化、有害廃棄物や危険物の拡散。

 10)南の債務国では多国籍企業団への利子返済の必要牲という最優先課題が天然資源や木材、魚、パナナ、ココア、鉱物など一次産品の輸出拡大を促進しており、最大債務国15か国では、1970年代の終わりから森林開発の速度が3倍にあがった。更にIMF、世界銀行が債務国へ条件とするSAP(構造調整プログラム、規制緩和、民営化、自由化の政策)が結果する貧困の増大は、土地を持たない農民をして、森林や土地、漁業、資源の乱開発をせざるを得ない状況に追い込んでいる。

 11)多国籍企業の社員達は、新しいバイテク薬品食品やバイテク作物に利用可能な細胞を採取するために、熱帯をうろついている。あらゆる生物に知的所有権を刻印しようとしているのである。熱帯地域から生物多様性を略奪し、それらをバイテク種子・作物・食品・薬品など商品化して巨大市場にしているのである。本来その土地の人々のものであったものを、加工し商品化して、それらを再びその土地の人々に売りつけているのである。これが生命資源の海賊行為とよばれているものである。

 12)1996年多国籍企業モンサント社は遺伝子組み換え大豆「ラウンドアップレディ」を売り出した。これはモンサント社の除草剤「ラウンドアップ」に耐性をもたせた大豆である。特許を持つこの大豆の種子を栽培希望する農民は「遺伝子ライセンス契約書」にサインしなければならない。契約書ではその種子を保存・転売してはならず・除草剤とのセットでしか販売されない。モンサント社は3年間農場を監視し、契約の遵守を確認する権利をもっている。バイオ農奴制と皮肉られているシステムである。
 この30年間、気が付かない間にほとんどの種子がFI(一代交配種)になってしまったように、知らないうちに、殆どの種子が遺伝子組み換えされていたという悪夢が正夢になりかねない。多国籍企業に対抗する種子戦争が世界で繰り広げられている。種苗法改定に対抗し、種子銀行をつくることはその方策の一つとなっている。

 13)農業における在来品種は、数千年の自然選択と人為選択の結果改良されてきた。それに対して商品化された種子──FI種や遺伝子組み換え種など──は生態学的に不完全である。
 第一に、種子は本来自ら再生産するものであるにかかわらず、みずからを再生産しない。 毎年FI種を種子会社から購入しなければならない。
 第二にF1種遺伝子組み換え種は自らの力で生産できない。大量の水、肥料、農薬など人為的な外部エネルギーに依存せずには成育不全種子なのである。
 バイオテクノロジーは生産手段としての種子を農民から剥奪しようとする。種子生産の場が農場から企業の実験室に移動することで価値と権力は農民からバイテク企業に移動するからである。自家生産の種子の排除は、バイテク産業への農民の依存を劇的にたかめる。

 14)インドの物理学者、哲学者で「科学、技術生態学研究財団」を主催する女性エコロジストでおるヴァンダナ・シヴァは多国籍企業と生命の知的所有権にたいする二つの運動をバックアップしている。
 一つには、地域で種子銀行を設立して原種の多様性をまもるインド国内のネットワーク「ナーウダニャ(九つの種子という意味)」を通して、生命と多様性に関するオルタナティヴを模索している。
 二つには、農民の運動に始まった「サッティヤグラハ(真理把握の意味)」や第三世界ネットワークで始めた公共知的所有権の運動などの公共の知的財産をまもる運動で、知識や生命そのものを私有財産にする考えに対するオルタナティヴの構想をめざしている。


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田中正治
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